<Header>
<Author: 劉長卿>
<Title: 新年作>
<Format: 格式不明>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文有假名>
<style2: 日本現代譯文附假名標注>
<TranslatedTitle: 新年の作>
<BookPage: 269>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
鄉心新歲切，
天畔獨潸然。
老至居人下，
春歸在客先。
嶺猨同旦暮，
江柳共風煙。
已是長沙傅，
從今又幾年。
<End Poem>
<Translation>
望郷（ぼうきょう）の情（なさけ）は、新年（しんねん）を迎（むか）えて、いよいよ心（こころ）に迫（せま）り、故郷（こきょう）からはるかなこの辺地（へんち）に、ただ一人（ひとり）、涙（なみだ）を流（なが）している。年老（としお）いた身（み）となった今（いま）も、他人（なにん）の部下（ぶか）として低（ひく）い地位（ちい）に甘（あま）んじており、春（はる）はもう、この南方（なんぽう）から、北方（ほっぽう）に帰（かえ）って行（い）って、異郷（いきょう）の旅人（たびびと）であるわたしより先（さき）に故郷（こきょう）の地（ち）にあるはずである。

わたしは、今峰（いまみね）の猿（さる）と、毎日（まいにち）の生活（せいかつ）を共（とも）にし、川（かわ）の柳（やなぎ）とともに、風（かぜ）にただようもやのようなたよりない生（い）き方（がた）の中（なか）にいるのだ。そのわたしはすでに流（なが）されて長沙（ちょうさ）の太傳となった賈誼（かぎ ）に似（に）た身（み）の上（うえ）である。

この流（なが）され人（ひと）としての境涯（きょうがい）は今（いま）から先（さき）、さらにまた、何年（なんねん）続（つづ）くのであろうか。
<End Translation>